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法律違反?社交ダンス教室労働環境の問題点【労務士さん監修】

社交ダンス教室に勤務した経験からこれはおかしいのでは?ということが多々ありました。
そこで今回は、労務士さんに社交ダンス教室の問題点を提起して、どれが問題なのか解決方法は?

という点を伺ってみました。

執筆者

涌井社会保険労務士事務所代表:涌井好文

社交ダンス教室で講師として働くダンサーは、ダンス教室に雇用されている場合だけでなく、業務委託という形で働いていることも珍しくありません。

業務委託という働き方自体には何の問題もありませんが、契約の実態が雇用契約である場合は問題です。


社交ダンス教室の労働環境の問題

ダンス教室に限らず、あらゆる労働現場において、実態が雇用契約であるにも関わらず業務委託契約で働いている場合が多く見られます。

当記事では、業務委託と雇用契約の違いを解説するとともに、ダンス教室における労働環境の問題点について、事例を挙げて解説を行っています。

業務委託契約と雇用契約

業務委託契約とは、請負や委任、準委任契約といった特定の仕事の完成に対して、相手方が報酬を支払う契約形態のことを指します。ダンス教室であれば、講師としてダンスを教えるという仕事を完成させ、教室が報酬を支払うことが該当します。

これに対して、雇用契約とは、労働者が労働に従事し、相手方である使用者から報酬を受ける契約形態のことです。ダンス教室であれば、生徒に対して、ダンスを教えるという労働に従事し、使用者である教室から報酬を受け取ることになります。

 

ダンス教室においては、業務委託契約であっても労働契約であっても講師として、生徒にダンスを教えることに違いはありません。
では、何をもって両者を区別するのかというと、使用従属性があるか否かによって区別されています。

 

使用従属性

 

請負や委任といった業務委託契約は、仕事を完成させるための方法や時間配分等について、相手方から指揮命令を受けることはありません。
仕事を完成させることが出来れば、どのような方法を取ることも自由となります。

 

これに対して、雇用契約においては、勤務時間や業務の進め方について、使用者から指揮命令を受けることになります。

使用者から勤務場所や勤務時間、業務の進め方等について具体的な指揮命令を受けている場合には、使用従属性があるとされ、業務委託契約であっても実態は雇用契約であると判断されます。

業務委託契約とは、仕事を完成させるのが目的で指揮命令を受けない
雇用契約とは、具体的な指揮命令を受ける

社会保険の問題

 

業務委託契約で働いている講師が、実態として雇用されている状態だった場合には、社会保険の加入に関する問題が生じます。次項から問題点を社会保険の定義や加入条件とともに解説します。

 

社会保険

 

社会保険とは、健康保険、厚生年金保険、介護保険、労災保険、雇用保険といった公的保険制度の総称です。広義と狭義の社会保険があり、狭義の場合には、健康保険、厚生年金保険、介護保険のみを指し、労災保険と雇用保険は労働保険として区別されます。

日本は国民皆保険皆年金の国であるため、無保険無年金であることは許されず、個人事業主として、業務委託契約を結んでいる場合であっても、何らかの公的医療保険と国民年金に加入することになります。

一定の業種のみ加入可能な国民健康保険組合もありますが、多くの個人事業主は、都道府県と市区町村が行っている国民健康保険に加入しているでしょう。また、40歳以上であれば、介護保険料の支払いも必要となります。

業務委託契約であれば、それで問題ありませんが、実態として雇用契約であった場合には問題です。

雇用契約であった場合には、講師は労働者として扱われることになるため、労災保険や雇用保険に加入する必要があります。また、労働基準法上の労働者として保護の対象にもなります。

労災保険

労災保険は、個人経営の農林水産業といったごく一部の例外を除いて、全ての労働者が加入する必要のある保険です。雇用保険は、1週間の労働時間が20時間未満の場合や、継続して31日以上雇用されないような場合等の一定の条件に該当する場合には、適用が除外されますが、原則として雇用される労働者であれば、加入する必要があります。

条件を満たした場合には、健康保険と厚生年金保険にも加入する必要があります。

健康保険には、既に述べた国民健康保険や国民健康保険組合の他に、被用者(勤め人)である労働者が加入する健康保険が存在します。内容自体はほぼ変わらないのですが、保険料を全額自己負担する国民健康保険と違い、被用者が加入する健康保険は、使用者と保険料を折半することに違いがあります。

また、厚生年金保険に加入していれば、国民年金に加えて上乗せの年金を受けることが可能です。

保険未加入の場合はどうなる?

体を使いダンス指導を行うダンス講師であれば、業務中に怪我をすることも珍しくないでしょう。では、労災保険未加入の時点で、業務上の事故によって怪我をした場合には、一切補償されないのかといえばそうではありません。

使用者であるダンス教室が保険加入を怠っていた場合であっても、講師自身が労災の申請をすることは可能です。

労災申請には、原則として使用者の事業主証明が必要となりますが、加入を怠っている使用者が協力してくれるとは限りません。そのような場合であっても申請自体は可能なため、協力を得られないのであれば、労働基準監督署に相談をしてください。

また、ダンス教室は、農林水産業や理美容業、飲食業といった健康保険及び厚生年金保険の非適用業種ではありません。そのため、健康保険や厚生年金保険に加入していないのであれば、労働局や日本年金機構に相談を行うと良いでしょう。

ただし、ダンス教室が強制適用事業所となるのは、常時5人以上使用している場合や、法人である場合のため、条件を満たしていることは少ないかも知れません。

使用者の社会保険料負担は大きく、それを嫌って強制適用事業所であるにも関わらず、加入していない使用者も見られます。しかし、社会保険への未加入は、懲役や罰金といった罰則も用意されており、遡って保険料徴収の対象にもなるため、知らなかったでは済まされません。

中には加入義務があることを知らずに未加入状態のダンス教室も存在するため、疑問がある場合には一度話し合ってみると良いでしょう。

労災は事業者が加入していないくても労働局に相談してみよう



 

労働時間や賃金の問題点

ダンス教室の労働問題は、保険だけではありません。他にも労働時間や賃金支払い形態、保証制度といった様々な問題点が存在するため、次項から事例を挙げて問題点を解説します

 

労働時間及び割増賃金

講師が業務委託契約を結んでいる場合は、労働者ではなく個人事業主であるため、労働基準法上の労働時間の制限は受けません。

そのため、休日を含め何曜日に何時間働いたとしても、基本的に休日手当や残業手当といった手当は支給されないことになります。

しかし、実態が雇用契約であった場合には、労働者として労働基準法の制限を受けることになります。所定労働時間が13時から22時(休憩1時間)だった場合で考えてみましょう。この例では、労働時間は法定の8時間を超えずに、休憩時間も法定の基準(労働時間が8時間以下45分、8時間超1時間)を満たしているため、問題はありません。

しかし、教室側から事後の片づけ等を指示され、23時まで働いた場合はどうなるでしょうか。まず、労働時間が9時間となるため、法定の8時間を1時間超えることになり、超えた1時間に対して、残業手当として25%割増の賃金を支払うことが必要となります。

更に労働の時間帯が、深夜帯である22時~翌5時に掛かっているため、残業手当と併せて25%の深夜手当も必要となり、併せて50%割増の賃金が必要です。

 

また、週に1日又は4週間を通じて4日の法定休日に労働した場合には、35%割増の休日手当の支払が必要となります。

本来残業や休日労働を行うためには、36協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることが必要ですが、仮に届け出ていなかったとしても、割増賃金の支払いを免れることは出来ません。

ダンス講師としての労働時間は、ダンスを教えている時間に限られません。教室側から会議の準備等の雑務の指示を受けた場合には、その時間も労働時間となり、賃金の支払いが必要となります。

もちろんその時間が法定労働時間を超えていたり、深夜帯であったりする場合には、割増賃金の支払いも必要です。

 

賃金支払い形態

賃金支払い形態に問題があるダンス教室も多く見られます。労働基準法では、出来高払いや請負制で使用する労働者に対して、労働時間に応じた一定の賃金を支払うことも義務付けています。

そのため、講師の契約形態が何であれ、実態が労働者であれば完全歩合制を適用することは出来ません。

ダンス教室によっては、一定期間は月15万円~20万円を支払うが、保証期間が過ぎた後は完全歩合制といった一種の賃金に対する保証制度を設けている場合もあります。

しかし、講師が労働者であれば、このような労働基準法に違反した制度は認められません。また、1年目のレッスンがない時期に保証の代わりに金銭を貸し付け、後から返済させるような教室もありますが、労働者として雇用しているのであれば、レッスンの有無を問わず、何年目であれ一定の固定給を支払うことが必要です。

業務委託契約であれば、完全歩合制でも問題ありませんが、拘束時間があったり、雑務の指示を受けたりしているのであれば、実態としては労働者であるため、完全歩合制で労働させることは出来ません。

歩合率の決め方

また、名実ともに業務委託であった場合でも、歩合率等の条件は教室と講師が合意のうえで決めることが必要です。

ただし、一方的に決められた条件であっても合意してしまえば、契約は成立してしまいます。契約内容は原則として、契約当事者の合意に委ねられており、無効となるのは、錯誤や強行法規違反、公序良俗違反等の限定された場合のみです。

不利な条件で契約を締結しないように、しっかりと調べたうえで合意することが大切となります。また。契約は口頭でも成立しますが、言った言わないのトラブルを避けるために、証拠となるよう契約書として残しておきましょう。



行事への強制参加

旅行や親睦会等の行事への参加を教室から強制されるトラブルも多くなっています。

まず、大前提として使用従属性がなく、指揮命令を受けることのない業務委託契約であれば、旅行等の行事への参加を強制されることはありません。これは自己負担の有無を問うものではなく、仮に教室が旅行費用を全額負担していたとしても同様です。

では、実態として労働者であった場合には、どうなるでしょうか。結論からいえば、使用者が事業にとって必要であると考え、社会通念上もその行事が事業に必要であれば、使用者は労働者に行事への参加を強制出来ます。

 

雇用契約・行事への参加を強制できる
業務委託契約・強制されない(旅行費用を負担してもらっても)

 

旅行が教室で使用する講師をはじめとした労働者同士の親睦を深めるために行うものであれば、労務管理上の必要性もあると社会通念上考えられるため、参加の強制も可能となるでしょう。

しかし、事業に必要であるとして参加を強制するのであれば、その旅行中の時間は労働時間として扱わなければならず、当然賃金支払いも必要です。

教室行事としての旅行について、講師から費用を徴収すること自体は問題ありませんが、毎月の給与から旅行積立金として天引きする場合には、労使協定を締結することが必要です。労使協定の締結なく、天引きを行った場合には、労働基準法に定める賃金全額払いの原則に違反することになり、罰則も予定されています。


退職時

教室を辞める場合は、10年や5年といった一定期間経過後でないと認めないとする教室が存在します。これは大変問題のある制度で、本来期間の定めのない無期雇用の労働者であれば、民法の定めにより14日前に申し入れることで、いつでも退職可能です。

また、期間の定めのある契約は、原則として期間中はやむを得ない理由がなければ、解除できません。しかし、労働基準法は、労働者保護のためにこの原則を修正しており、2年や3年といった期間の定めがある場合であっても、契約締結から1年経過後であれば、自由に退職することが出来るとしています。

 

労働者ではなく、業務委託の場合であっても、原則としていつでも自由に契約を解除可能です。ただし、やむを得ない理由がないにも関わらず、相手方に不利な時期に契約を解除した場合には、損害賠償請求される可能性があるため、注意してください。

引き抜きは禁止はダメ?

教室によっては、退職する際に独立をしないことや、生徒の引き抜きを行わないことを定めている場合もあります。このような規定は競業避止義務規定と呼ばれ、企業秘密やノウハウを守るために設けられているものです。

基本的に有効な規定ではありますが、あまりにも重い内容の場合には、効果を認められないこともあり得ます。

例えば、独立を禁止する場合には、半年や1年程度が限度であり、2年を超える期間を定めていると効果を否定される傾向があります。また、独立を制限することの代替措置(機密保持手当等の支給)が講じられていることも必要です。

また、在職中は、勤務先の業務を誠実に行う義務があるため、在職中に生徒の引き抜き活動等を行った場合は、懲戒として不利益処分を課すことも可能です。これは、仮に誓約書や活動を禁じる規定がなくても、労働者の義務として当然に課せられているため、注意が必要となります。

在職中の引き抜きは基本的にはダメ

競業避止義務規定は、労働者の場合と同様にあまりにも制限期間が長い等でなければ、業務委託の場合であっても有効です。

辞めたいという講師に対して「辞めたら今後社交ダンス業界で働けなくしてやる」のような脅しを掛ける教室もあります。

しかし、このような行為は契約形態を問わず、脅迫罪となるため、このような脅しを受けた場合には警察へ届け出ましょう。また、大会への参加を辞退するように求めてくることもありますが、こういった行為は義務のないことを行わせる強要罪に該当する可能性があります。

終わりに

ここまで社交ダンス教室の労働問題について解説を行ってきました。基本的に弱い立場である講師は、教室に求められるがまま働いていることが多くなっています。しかし、法的に問題のある労働環境の場合にまで、黙っている必要はありません。

自身の働く環境が法的に問題のある環境ではないかと考えているのであれば、弁護士や社労士といった専門家の力を借りることや、労働基準監督署や労働局への相談を検討してみてください。